タイに進出した日系中小企業の中には、「タイの法人税は20%と聞いたが、何か優遇はないのか」と感じている方も多いかと思います。実は、タイには中小企業(SME)向けに複数の税制優遇が用意されており、要件を満たしているにもかかわらず活用されていないケースが少なくありません。本記事では、2026年3月時点でタイのSMEが利用可能な主要な税制優遇を整理し、「自社は対象か」「どの制度を使えるか」を具体的に確認できるようにします。
1. タイのSME定義 — うちのタイ子会社は対象か?
タイでは「SME」の定義が複数の文脈で使われており、混乱しやすいため最初に整理しておきます。
定義①:OSMEP(中小企業振興事務所)の定義
タイ政府のSME政策を管轄するのはOSMEP(中小企業振興事務所 / สำนักงานส่งเสริมวิสาหกิจขนาดกลางและขนาดย่อม)です。政府調達優遇やBig Brother制度などを利用する際の「SME認定」は、OSMEP基準に基づきます。
| 業種 | 区分 | 従業員数 | 年間売上高 |
|---|---|---|---|
| 製造業 | 小企業 | 50人以下 | 5,000万バーツ以下 |
| 製造業 | 中企業 | 200人以下 | 5億バーツ以下 |
| サービス業・卸売・小売 | 小企業 | 30人以下 | 5,000万バーツ以下 |
| サービス業・卸売・小売 | 中企業 | 100人以下 | 3億バーツ以下 |
※従業員数・売上高はいずれの条件も満たす必要があります。2025年改定の基準のため、最新のOSMEP公式発表でご確認ください。
定義②:税務上のSME要件(歳入法典)
法人所得税の軽減税率やデジタル投資の二重控除など、税務上の優遇を受けるための「SME要件」は、OSMEP定義とは別に、歳入法典(Revenue Code)が定める以下の基準で判定されます。
- 払込資本金:500万バーツ以下
- 年間売上高:3,000万バーツ以下
この2つを同時に満たす法人が対象です。
日系企業もSMEになれるか?
外資法人(日系子会社含む)でも、タイで登記した法人として上記要件を満たせば対象となります。 「タイ人株主が過半数でないとSMEになれない」という誤解も見受けられますが、そのような制限はありません。ただし、外国人事業法(FBA)との兼ね合いや事業の性質によっては別途検討が必要です(関連:タイ外国人事業法(FBA)の改正動向)。
なお、日本の中小企業基本法では「製造業:資本金3億円以下または従業員300人以下」が中小企業の基準ですが、タイの税務上SMEはより小規模を対象とした基準(資本金500万バーツ≒約2,200万円)となっている点に留意が必要です。
2. SME向け法人所得税の軽減税率
タイの法人所得税の通常税率は**20%**です。しかし、税務上のSME要件(払込資本金500万バーツ以下+年間売上3,000万バーツ以下)を満たす法人には、以下の軽減税率が適用されます。
| 課税所得(純利益)の範囲 | 税率 |
|---|---|
| 0〜30万バーツ | 0%(免税) |
| 30万超〜300万バーツ | 15% |
| 300万バーツ超 | 20%(通常税率) |
具体的な計算例
純利益200万バーツの場合
| 区分 | 対象金額 | 税率 | 税額 |
|---|---|---|---|
| 〜30万バーツ | 30万バーツ | 0% | 0バーツ |
| 30万超〜200万バーツ | 170万バーツ | 15% | 25.5万バーツ |
| 合計 | 200万バーツ | (実効税率12.75%) | 25.5万バーツ |
通常税率(20%)で計算した場合:200万×20%=40万バーツ。 差額14.5万バーツ(約64万円)の節税となります。
日本の中小法人にも年800万円以下の所得に対する軽減税率(15%)が設けられていますが、タイのSME税率は免税ゾーンも設けられており、より有利な設計となっています。この制度のポイントは「知っているかどうか」です。要件を満たしているのに通常の20%で申告しているケースが実務上見受けられます。
3. Quick Big Win — 327億バーツのSME支援パッケージ
2025年11月に発表され同年12月に閣議承認された**「Quick Big Win」政策は、タイ政府によるSME支援の包括パッケージで、総額327億バーツ**に上ります。
① 法人税還付の加速
歳入局が2万社のSMEに対し、滞留していた法人税還付(総額600億バーツ)の処理を加速しています。完了目標は2026年末。過去の確定申告で還付申請をしたまま長期間放置されているケースがあれば、現在が確認の好機と考えられます。
② Big Brother Helps Little Brother(兄貴分が弟分を助ける)制度
- 大企業がSMEをサプライチェーンに組み入れ、発注・支援を行った場合、大企業側に発注額の1.5〜2倍の税控除が認められる制度
- SME側にはデジタル化支援(e-Tax Invoice導入等)が提供される
- 約1,500社のSMEの参加が見込まれ、年間17億バーツの税還付加速効果が期待されている
日系企業への意味:
- タイに進出した日系大企業がタイの地場SMEに部品・サービスを発注する場合 → 大企業側が税控除を活用できる可能性がある
- タイの日系子会社がSME要件を満たしている場合 → 大企業のBig Brother対象(デジタル化コスト軽減)になり得る
なお、税控除率(1.5倍 vs 2倍)の適用条件の詳細については、タイ財務省・歳入局の公式発表を直接ご確認ください。
③ 政府調達でのSME価格優遇
OSMEP認証を受けたSMEは、政府調達の入札において5%の価格アドバンテージが認められます。政府向けビジネスを展開している、またはこれから検討している企業にとっては検討に値する制度と言えます。
④ 信用保証の拡大(SBCG)
中小企業信用保証公社(SBCG)が500億バーツの信用保証枠を提供しており、最初の3年間は保証料が無料です。融資へのアクセスが課題の中小企業にとって活用しやすい制度が挙げられます。
4. デジタル投資の二重控除(200%)
タイ政府は、SMEのデジタル化を促進するため、デジタルソフトウェアの導入費用を200%で控除できる特例を王室勅令で定めています。
制度の概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 根拠 | 王室勅令(Revenue Code改正) |
| 対象期間 | 2025年6月24日〜2027年12月31日 |
| 対象企業 | 払込資本金500万バーツ以下+年売上3,000万バーツ未満のSME |
| 控除内容 | 対象ソフトウェアの購入・レンタル・サブスク費用を200%で控除 |
| 控除上限 | 30万バーツ |
| 対象ソフトウェア | DEPA登録リストのソフト(会計ソフト・ERP・CRM・POS・e-Commerceツール等) |
具体的な計算例
年間15万バーツのERPサブスクリプション費用がある場合:
- 通常控除:15万バーツ(費用として損金算入)
- 本制度適用:30万バーツ(15万×200%)として控除可能(上限内に収まるためフル活用)
追加で15万バーツ分を所得から差し引けるため、法人税率15%ならば約2.25万バーツの節税となります。
重要な注意点
- BOI奨励取得企業、国家競争力強化法(NCEA)、EEC法の適用企業は本制度の対象外です。BOI奨励で法人税免除を受けている企業は、この二重控除との重複適用はできません。
- 対象ソフトウェアのリストはDEPA(デジタル経済振興機構)が管理しており、変更の可能性があります。導入前にDEPAの最新登録リストをご確認ください。
5. BOI SME向け奨励 — 法人税免除も視野に
BOI(タイ投資委員会)は、SMEに対しても投資奨励制度を提供しており、条件次第で法人税免除(3〜8年程度) が受けられます。また、一定条件下では外資100%での事業運営も可能です。
ただし、前述のとおりBOI奨励とデジタル投資の二重控除は重複適用ができない点に注意が必要です。どちらが有利かは、事業規模・収益見込み・デジタル投資計画によって異なるため、個別の検討が重要です。
なお、タイでは2025年1月からBEPS Pillar 2(グローバルミニマム税、最低税率15%)が施行されています。対象は連結売上7.5億ユーロ以上の多国籍企業グループのため、多くのSMEには直接影響がありませんが、親会社が大規模グループの一員であれば間接的な影響の検討も考えられます。
BOI制度の全体像はタイBOI新規則2025をご参照ください。
6. 日系SMEが「使い忘れている」制度ランキング
以上を踏まえ、実務上「知らないまま活用されていない」制度を整理します。
① SME法人税の軽減税率 要件(資本金500万バーツ以下・売上3,000万バーツ以下)を満たしているのに通常の20%で申告しているケースがあります。申告書の税率区分を今一度ご確認いただくことが考えられます。
② 法人税還付の加速申請(2026年末まで) 過去の確定申告で還付申請が滞っている場合、Quick Big Winの文脈で処理が加速しています。歳入局への状況確認を検討してみてください。
③ デジタル投資の200%控除(2027年末まで) 会計ソフトやERPをサブスクリプションで利用しているSMEは、2027年12月末までの支出について申請を検討する余地があります。まずDEPAの登録リストで対象ソフトウェアを確認することが第一歩です。
④ OSMEP認証によるSME優遇 OSMEP認証を取得することで、政府調達での価格優遇や融資条件の改善が期待できます。タイで政府関連ビジネスを展開している・検討している場合は認証の可否を確認してみてください。
おわりに
タイのSME向け税制優遇は、日本の中小企業税制と比べても多岐にわたります。ただし、制度ごとに適用要件・申請手続きが異なり、BOI奨励との重複不可など注意点もあります。「うちは対象になるのか」「どの制度の組み合わせが最適か」は、個社の事業規模・資本構成・進出形態によって異なるため、専門家への相談が有効と考えられます。
タイのSME税制優遇の活用、法人税還付の申請、BOI奨励との組み合わせなど、日本法・タイ法の両面からアドバイスいたします。御社のタイ子会社がSME要件を満たしているかの確認も含めて、お気軽にお問い合わせください。
本記事は2026年3月時点の公開情報に基づく一般的な情報提供を目的としており、タイ法に基づく法的助言または税務助言を構成するものではありません。具体的な税務については、必ず税理士・公認会計士等の専門家にご相談ください。タイ法に関する具体的案件については、タイの弁護士資格を有する専門家にご相談ください。当事務所では提携先JTJBのタイ人弁護士と連携して対応いたします。