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business 2026.03.17 約14分

タイはASEANのEV製造ハブになれるか?|補助金縮小で潮目が変わる中、日系企業の選択肢

2026年1〜2月にタイのBEV登録台数が前年同期比2.7倍に急増。しかし「EV3スキームの駆け込み」という一過性要因もある中、BOI奨励・中国EVの価格上昇・301条調査を踏まえ、日系自動車部品SMEがタイのEVサプライチェーンにどう関わるべきかを解説します。

2026年1〜2月、タイのBEV(純電気自動車)登録台数が前年同期比約210%増(約2.7倍)となり、「タイEV革命」の話題が業界紙をにぎわせています。しかしこの数字、額面通りに受け取るのは早計です。急増の背景には制度的な「駆け込み需要」が潜んでおり、冷静な分析が求められます。一方で、EV時代への構造的移行は本物であり、タイ政府は1,377億バーツ(約420億円)超のEVサプライチェーン投資を誘致済みです。今まさに、タイで自動車部品事業を営む日系SMEが「このまま静観でよいのか」を問い直す局面に来ています。


1. タイEV市場の急成長 — 数字の読み方

「2.7倍」の内訳を解きほぐす

2026年1〜2月のBEV登録台数は合計約45,668台(前年同期比210.4%増)、1月単月では44,000台超を記録し、乗用車全体に占めるBEV浸透率が月次最高の48%に達しました。

ところが、この数字には重要な背景があります。タイ政府が実施してきたEV3スキーム(BEV購入者向け補助金・物品税減免制度)の登録期限が、2025年12月末から2026年1月まで延長されたのです。さらに同時期に物品税率の引き下げ(BEV乗用車:8%→2%、BEVピックアップ:2%→0%)が行われたため、「今のうちに登録しよう」という駆け込み需要が急増の主因と分析されています。

つまり、2026年1月の急増は一過性の可能性が高いのです。市場全体のトレンドを読む際には、数か月のならした数字で判断することが重要です。

構造的成長は本物か

とはいえ、駆け込みを差し引いてもタイのEV普及は明確な上昇トレンドにあります。

  • 2026年のBEV販売見込み:約19万台
  • 2030年のBEV販売予測:約29万台(CAGR 17.7%)
  • タイ政府目標:2030年までに自動車生産の30%をEV化

市場を価格帯で見ると、50万〜100万バーツ(約200〜400万円)の価格帯がBEV販売の55%を占めています。この帯域は中国メーカーの独壇場であり、日系メーカーが手薄な領域です。


2. タイのEV製造エコシステム — BOI奨励制度の全体像

EV3 / EV3.5スキームとは

タイ政府は2022年からEV3スキームを導入し、BEV購入者への補助金と輸入完成車への関税減免をセットで提供してきました。制度の設計上、最大の特徴は「相殺生産義務(countervailing production obligation)」です。

相殺生産義務とは:輸入完成車1台に対して、国内で一定台数を生産することを義務付ける仕組みです。補助金で輸入車を安く売れる代わりに、必ずタイ国内に生産拠点を作らせるという「引き込み策」です。

2024年以降のEV3.5スキームでは、この比率が年々引き上げられています。

相殺生産比率
2025年輸入1台につき国内1台
2026年輸入1台につき国内2台
2027年輸入1台につき国内3台

つまり2027年以降、中国からの輸入で補助金恩典を受け続けるには、タイ国内で3倍の台数を生産しなければなりません。これが中国EVメーカーに「タイ国内生産の拡大」を迫る構造になっています。

1,377億バーツの投資が動き出している

2025年6月時点で、BOIが承認したEVサプライチェーン関連の投資総額は**1,377億バーツ(約420億円)**に上ります。

カテゴリ件数投資額生産能力
BEV生産21件411億バーツ年産38.6万台
バッテリー生産53件801億バーツ
電動バイク16件年産81万台
主要部品(モーター・BMS等)42件65.2億バーツ
充電インフラ29件55.6億バーツ充電器20,080基

特に注目すべきは「主要部品」の42件・65.2億バーツです。この中には日系部品メーカーにとって参入可能性のある領域が含まれています(詳細は後述)。

BOI奨励の主な恩典

BOI奨励を受けることで得られる代表的な恩典は以下のとおりです。

  • 法人税免除:最大8年間(活動の種類・場所によって異なる)
  • 機械・原材料の輸入関税免除
  • 外資100%出資可能(通常はFBAにより制限される製造業種でも)
  • 外国人技術者・専門家のビザ・就労許可の優遇

なお、2025年9月以降のBOI告示により、一部製造業向けの土地所有恩典が廃止されています。EV関連での新規申請を検討する際は最新の奨励条件を確認することが重要です。BOI奨励制度全般の基礎については「タイ進出の形態と法的枠組み(第3回:現地法人とBOI)」をご参照ください。


3. 潮目の変化 — 補助金縮小と中国EV価格の上昇

EV3.0からEV3.5へ:補助金が大幅縮小

2025年末をもってEV3.0スキームが終了し、2026年からEV3.5スキームに移行しました。変化の骨子は以下のとおりです。

項目EV3.0(〜2025年末)EV3.5(2026年〜)
購入補助金最大10〜15万バーツ最大5万バーツ
対象車両輸入完成車も対象タイ国内組立車のみ
物品税率(BEV乗用車)2%10%

輸入モデルは恩典対象外になり、物品税も5倍に引き上げられました。この変化を受け、各中国メーカーが2026年の新価格を一斉に引き上げています。

  • MG IM6:10万バーツ値上げ(1,399,900〜1,799,900バーツ)
  • MG4:3万バーツ値上げ(549,900〜649,900バーツ)
  • BYD、GWM:各モデルで値上げを発表

2025年末は「EV3.0期限前の在庫処分セール」として大幅値引きが行われていただけに、2026年は反動での価格上昇という構図になっています。

中国本国でも転換点

タイ国内だけでなく、中国本国でも政策の転換が起きています。

  • 2026年1月より、中国国内のEVに購入税(5%)を初めて課税(2014年以来の税免除が終了)
  • 下取り補助金制度が縮小(定額→比例制に変更、小型・低価格EVへの恩恵が大幅減)
  • 結果として2026年1月の中国EV販売は前月比約44%減(季節性要因もあるが、構造的な転換点と見る向きも)

10年以上続いた「政策主導の成長」から「市場主導の成長」への移行期に入りつつあります。

価格戦争は沈静化へ — Krungsri Researchの分析

Krungsri Researchの分析によれば、EVをめぐる価格戦争は2026〜2027年にかけて沈静化する見込みとされています。その理由は主に3点です。

  1. 相殺生産義務によるコスト上昇:中国からの輸入より国内生産のほうがコストが高く、これ以上の値下げ圧力が弱まる
  2. BEV価格がICE車を既に下回っており、更なる値下げの経済的余地が小さい
  3. 中国EV業界の淘汰:2026〜2028年に業界の60〜70%のメーカーが市場から退出するとの予測(重慶長安汽車会長の発言等に基づく業界観測)

4. 日系 vs 中国EVメーカー — 競争構図の変化

中国メーカーの現在地

2024年時点で、タイのBEVモデルの約半数(54モデル中26モデル)が中国メーカーによるものです。BYD・GWM(長城汽車)・MG・ZEEKR・NETAが50万〜100万バーツ帯を押さえ、タイのBEV生産能力のほぼ全てを握っています。

中国メーカーの最大の強みは**バーティカルインテグレーション(垂直統合)**です。バッテリーセル、モーター、BMS(バッテリーマネジメントシステム)から車体まで自前で持つことで、外部調達コストを大幅に抑えられています。このスケールメリットと垂直統合の構造的優位は、補助金縮小後も維持されます。

日系メーカーのポジション

トヨタ、ホンダ、日産、いすゞ、三菱等の日系メーカーは、タイをASEAN最大のICE(内燃機関)車生産・輸出拠点として築いてきました。しかしBEVでは存在感が薄く、HEV(ハイブリッド)中心の戦略が続いています。

HEV戦略が「誤り」だったわけではありません。タイでも東南アジア全体でも、充電インフラの整備状況やユーザーの使用環境を考えると、HEVへの需要は依然として大きいからです。しかし、中国勢がBEVの価格帯を下げ続けた結果、「HEVでいい」と思っていた層がBEVに流れるスピードが加速しています。

補助金縮小が開く「窓」

ここで注目すべきが、補助金縮小による価格差の縮小です。中国EV最大の武器だった圧倒的な価格競争力が2026年以降弱まる中で、日系メーカーが長年培ってきた品質・アフターサービス・ブランド信頼が相対的に浮上する局面が来ています。

ただし「逆転」ではありません。中国メーカーのコスト構造の根本的優位は維持されており、あくまでも「追い風」が吹き始めたという程度の認識が適切です。トヨタが次世代BEV投入を加速しているように、この窓を活かせるかは各社の投資判断にかかっています。


5. 日系部品SMEにとっての機会とリスク

リスク:ICE時代の部品は消えていく

率直に言えば、エンジン関連部品・トランスミッション・排気系などのICE特有の部品は、EVの普及とともに需要が縮小します。タイでICE部品を製造している日系SMEは、今後10年間で業態転換を迫られる可能性があります。

「まだ当分ICEも残る」という見方は間違いではありませんが、タイの自動車メーカーへの新規受注機会は既にEV方向にシフトしています。静観することのリスクを真剣に考える時期に来ています。

機会①:EVで新たに生まれる部品領域

一方で、EV化により新たに需要が生まれる部品・製造領域が数多くあります。

領域日系SMEの参入可能性
バッテリーモジュール・パック組立精密組立・品質管理の強みが活きる
トラクションモーター・インバーター電機系の知見が転用可能
BMS(バッテリーマネジメントシステム)組込みソフト・電子回路の強み
熱管理システム高温多湿のタイ環境で特に重要 → 日系の技術力が差別化に
充電インフラ・コネクター新規参入余地が大きい
軽量化部材(アルミ・CFRP等)既存の加工技術が応用可能

特に熱管理システムは、電池性能を左右する重要技術であり、かつタイの高温多湿環境での信頼性が求められるため、品質管理に強みを持つ日系SMEの差別化ポイントになり得ます。

機会②:中国メーカーのTier 2〜3サプライヤーになる

発想の転換として注目したいのが、「中国EVメーカーへの部品供給」という選択肢です。

EV3.5スキームの相殺生産義務(2026年:1台輸入につき2台国内生産)により、中国メーカーはタイ国内生産を急速に拡大しなければなりません。国内生産が拡大すれば、当然ながら部品の現地調達ニーズも増大します。

従来の「日系OEM一辺倒」から脱し、BYDやGWMのTier 2〜3サプライヤーになるという選択は、決して「日系企業の負け」ではありません。タイ国内での部品供給ネットワークとして価値を発揮できるチャンスです。

BOI承認済みの主要部品プロジェクト42件・65.2億バーツという数字は、サプライチェーンに参入するための「入口」が既に整備されつつあることを示しています。


6. 301条調査との交差点 — EVセクターへの影響

2026年3月11日に開始されたUSTR 301条調査は、EV・バッテリー・半導体等を対象セクターに含んでいます。301条調査の詳細は「米国301条調査にタイが対象国入り」をご参照ください。

EVセクターに関して確認しておくべき点は以下のとおりです。

現時点での規模感:タイ製BEVの米国輸出は2025年4月に初出荷(660台)したばかりで、2026年の輸出見込みは約52,000台(FTI推計)と、まだ規模は小さい段階です。

リスクシナリオ:中国EVメーカーがタイを「迂回輸出(transshipment)拠点」として利用しているという懸念から、タイ製EVに追加関税が課される可能性があります。ただしこれはあくまで調査段階のシナリオです。

日系部品SMEへの直接影響:タイで生産したEV部品を米国向けに輸出している企業は、HSコードと原産地規則の確認が必要です。ただし、国内向けまたはASEAN域内向けの部品供給がメインの企業への直接影響は現時点では限定的と考えられます。


7. 日系部品SMEが今検討すべき3つのアクション

① 既存技術の「EV転用マップ」を作る

まず社内での棚卸しとして、自社の技術・設備・品質管理能力がEV部品のどの領域に転用できるかをマッピングすることが出発点です。「うちはエンジン部品しか作れない」と思っていても、熱管理・精密加工・電子アセンブリなど隣接領域への転用可能性が見えてくることがあります。

② BOI奨励のEVサプライチェーン枠への申請を検討する

日系SMEがEV部品製造に参入する場合、BOI奨励を活用することで法人税免除・機械関税免除等の恩典が得られます。BOI申請は通常6か月〜1年程度かかるため、事業計画と並行して早期から動くことが重要です。進出形態の選択(合弁か単独か)については「タイ進出の形態と法的枠組み(第4回:合弁と株主間契約)」もご参照ください。

③ 中国EVメーカーとの取引可能性をフラットに検討する

日系OEMのみを取引先と想定するのではなく、BOI承認を受けてタイ国内生産を拡大している中国EVメーカーをサプライヤー候補として検討することが考えられます。取引条件・品質基準・知的財産管理は慎重に交渉する必要がありますが、これを排除することは機会損失になり得ます。なお、外資規制の観点から外国企業との合弁を検討する際は、FBA(外国人事業法)の動向も把握しておく必要があります。最新の改正動向については「タイ外国人事業法(FBA)が25年ぶりの大改正へ」をご参照ください。


まとめ — タイの「自動車大国」は終わらない、変わるだけ

タイはICE時代からASEAN最大の自動車製造拠点として半世紀にわたり発展してきました。タイ政府は「EV製造ハブ」として地位を維持する国策を明確に打ち出しており、1,377億バーツ超の投資誘致はその証左です。

日系企業にとってタイは「撤退先」ではなく、EV時代の製造パートナーとしての可能性を持ち続けています。ただし、中国メーカーの台頭・補助金制度の変化・301条調査の動向という3つのリスク要因を見据えながら、「ICE部品からの転換」「中国EVメーカーへの供給」「BOI奨励の活用」という選択肢を組み合わせた柔軟な戦略が求められる時代に入っています。

タイのEV関連BOI奨励の申請、中国系・タイ系メーカーとの合弁、EVサプライチェーンへの参入戦略など、日本法・タイ法・国際通商法の観点からアドバイスいたします。お気軽にお問い合わせください。

本記事はタイの法制度および市場動向に関する一般的な情報提供を目的としており、タイ法に基づく法的助言を構成するものではありません。具体的な案件については、タイの弁護士資格を有する専門家にご相談ください。当事務所では提携先JTJBのタイ人弁護士と連携して対応いたします。

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