ホーム / 記事・コラム / labor
labor 2025.07.15 約10分

タイの解雇ルール全体像:日本との決定的な違い【連載第1回】

タイの解雇法制(労働保護法・民商法典・労働関係法)の全体構造を、日本との比較表で解説。タイ労働裁判所の特徴や全5回シリーズの概要も紹介。

この記事のポイント

  • タイの解雇法制は「労働保護法」「民商法典」「労働関係法」の3層構造で、日本より使用者の義務が明確かつ厳格
  • タイ労働裁判所は労働者側に無料・迅速で、提訴案件の多くが解雇関連とされる(要確認)
  • 全5回シリーズで通常解雇から懲戒解雇・整理解雇・予防法務まで体系的に解説

はじめに:なぜ今、タイの解雇法制を学ぶ必要があるか

タイに進出している日系企業の人事担当者や経営者から、最も多く寄せられる相談の一つが「従業員を解雇したい、どうすればいいか」という問いです。日本での常識をそのままタイに持ち込むと、予期せぬ高額補償の支払いや、労働裁判所での敗訴につながるリスクがあります。

本連載「タイにおける解雇の法律実務」全5回では、タイの解雇制度を体系的に整理し、在タイ日系企業が実務で直面する具体的なシチュエーションへの対応を解説します。第1回は全体構造と日本との根本的な違いを押さえます。


タイの解雇法制を構成する3つの柱

タイの解雇規制は、主に以下の3つの法律が絡み合って構成されています。

1. 労働保護法(Labour Protection Act B.E. 2541 / 1998年、2562年改正)

タイ労働法制の中核をなす法律です。解雇補償金の支払い義務(第118条)、懲戒解雇が許される6事由(第119条)、整理解雇時の事前通告義務(第121条)など、解雇に直接関係する主要条項が集約されています。2019年(B.E. 2562)の改正で、解雇補償金の最高額が大幅に引き上げられました。

2. 民商法典(Civil and Commercial Code)

雇用契約は民商法典上の「雇用契約(Contract of Employment)」としても規律されます。不当解雇の場合の損害賠償請求は民商法典の不法行為・債務不履行の規定に基づくこともあります。

3. 労働関係法(Labour Relations Act B.E. 2518 / 1975年)

労働組合の組織・団体交渉・争議行為を規律する法律です。労働組合が組織されている職場での解雇には特別な手続きが必要になる場合があります。また、労働組合役員の解雇には労働裁判所の許可が必要とされます。

flowchart TD
    A[解雇を検討] --> B{解雇の種類}
    B --> C[通常解雇]
    B --> D[懲戒解雇]
    B --> E[整理解雇]
    C --> F[労働保護法118条<br/>補償金・予告義務]
    D --> G[労働保護法119条<br/>6事由に該当するか]
    E --> H[労働保護法121条<br/>60日前通告・特別補償]
    F --> I[労働裁判所]
    G --> I
    H --> I

日本vsタイ:解雇規制の根本的な違い

日本の解雇規制との比較を整理すると、タイ法の特徴が浮かび上がります。

比較項目日本タイ
解雇の自由客観的合理的理由+社会通念上の相当性が必要(解雇権濫用法理)原則として解雇自由。ただし補償金支払いが必要
解雇予告30日前予告 または30日分の平均賃金支払い1賃金支払期間前の予告 または予告手当支払い
解雇補償金法定なし(退職金は就業規則による)法定あり(勤続年数に応じて最大400日分の賃金)
不当解雇の効果解雇無効・地位確認+賃金支払い原職復帰 または損害賠償(実務上は金銭解決が多い)
労働審判・訴訟費用労働者側も弁護士費用等が必要労働者側は提訴無料(印紙税等なし)
裁判期間数ヶ月〜数年比較的短期(数ヶ月〜1年程度が目安、要確認)
就業規則の拘束力変更は合理性基準で判断10人以上の事業所で作成義務。不利益変更は全員同意が原則

「解雇は自由だが、タダではない」というタイのロジック

日本では「正当な理由なき解雇は無効」という考え方が基本です。一方タイでは、使用者は原則として従業員を自由に解雇できますが、その代わりに勤続年数に応じた法定解雇補償金を必ず支払わなければならないという仕組みになっています。

これは欧州型の労働法制に近い発想であり、「解雇する自由はあるが、コストは払え」というルールです。補償金を払えば解雇できる、という点で日本より解雇の自由度は高いとも言えますが、長期勤続者を解雇する場合のコストは相当高額になります。


タイ労働裁判所の現実:企業が知っておくべき構造

労働者にとって「無料」の裁判所

タイには**労働裁判所(Labour Court)**が設置されており、労働者は印紙税・手数料なしで提訴できます。弁護士なしで本人申立ても可能です。このため、解雇された従業員が労働裁判所に駆け込むハードルは非常に低く、日本の労働審判以上に訴訟リスクを意識する必要があります。

証拠がなければ企業は負ける

タイの労働裁判では、解雇の正当性を立証する責任は使用者側にあります。警告書・面談記録・就業規則の整備が不十分なまま解雇に踏み切った場合、懲戒解雇の6事由に該当していても、証拠不十分として不当解雇と判断されるケースがあります。

「なんとなく問題のある社員だった」「口頭で注意した」という対応では、タイの労働裁判所では通用しません。書面による証拠の蓄積が最も重要な実務対応です。


本連載の全体像

本連載では、以下の5回構成でタイの解雇実務を体系的に解説します。

テーマ主な内容
第1回(本稿)タイの解雇ルール全体像法制の3層構造・日本との比較・労働裁判所の特徴
第2回通常解雇の手続きと補償金予告義務・補償金計算表・支払い手順・Mermaid図解
第3回懲戒解雇の要件と落とし穴6事由の具体例・警告書・判例・通知書の記載事項
第4回整理解雇・移転・合意退職60日前通告・特別補償・合意書の条項・退職勧奨の進め方
第5回解雇トラブルの予防法務就業規則整備・証拠管理チェックリスト・予防フロー図

まとめ:タイの解雇はルールを知ることから始まる

タイの解雇法制は、日本とは根本的に異なる構造を持っています。解雇の自由はあるが補償金が必要、労働者側は無料で提訴できる、証拠がなければ企業は不利――この3点を常に念頭に置くことが、タイでの人事マネジメントの基本です。

次回は、通常解雇の具体的な手続きと解雇補償金の計算方法を詳しく解説します。

次回予告:第2回「通常解雇の手続きと解雇補償金 ― 金額・期間・手順を完全整理」


タイの解雇・労務問題でお困りの方は、お気軽にご相談ください。 タイの法律問題については日本語でご相談をお受けし、タイ法に関する具体的な対応は提携先JTJB International Lawyersのタイ人弁護士と連携いたします。

お問い合わせはこちら


本記事はタイの法制度に関する一般的な情報提供を目的としており、タイ法に基づく法的助言を構成するものではありません。具体的な案件については、タイの弁護士資格を有する専門家にご相談ください。当事務所では提携先JTJBのタイ人弁護士と連携して対応いたします。

← 記事・コラム
— Get in touch —

記事の内容について、
ご相談ください

記事の内容に関連して具体的なご相談がございましたら、お問い合わせフォームよりご連絡ください。3営業日以内にご返答いたします。お問い合わせ内容は、守秘義務のもと厳正に取り扱いいたします。

お問い合わせフォームへ
Response3営業日以内
Hours月〜金 9:00–18:00(タイ時間)
Languages日本語 · 英語 · タイ語
Privacy守秘義務のもと厳正に取り扱いいたします